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  • [連載:ハマるとこわい!? オールドレンズの沼 其の二]興味深い歴史的経緯とぼけの美しさが自慢
    LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0をミラーレスカメラで使う



ロシアレンズのなかでもっとも有名なレンズかも


ルーツは戦前にあるプリセット絞りの中望遠レンズ




編集者・写真家の秋山薫と、写真家の水子貴晧です。

今回は、ロシア製M42マウント中望遠レンズを取り上げます。この「LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0」はおそらくご存知の方も少なくないでしょう。

 

LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0 は、ロシア・リトカリノ光学ガラス工場(LZOS)製のM42スクリューマウントレンズ。ロシア語では「ユピーチェル(木星)」と読みます。戦前のドイツ製距離計連動式カメラContax 用の交換レンズであるカール・ツァイス「Sonnar 85mmF2.0」(1933 年)の設計を、戦時賠償により引き継いだという複雑な歴史的経緯を持っています。

 

Jupiter-9 85mm F2.0シリーズは1951年から2005年ごろまでの長期間に渡ってソビエト(当時)の複数のメーカーで製造されたため、ライカスクリューマウント、レンジファインダーコンタックスマウント、一眼レフのM42マウントなどの対応マウントも多く、外観やコーティングのバリエーションも数多くあります。今回はそのうちLZOS2005年ごろまで製造されていたM42マウントの製品を試写しました。マルチコートが施されています。

 

レンズ構成の37枚のゾナータイプ。外形寸法は最大径×長さが約φ68 × 65mmと現代のフルサイズ一眼レフ用レンズに比べると比較的小型です。質量は約400gあり、持ってみるとずしりと重みを感じます。アタッチメントサイズはφ49mmです。純正でレンズフードは用意されていないようなので、必要ならばφ49mmの中望遠レンズフードを各自で工夫してください。最短撮影距離は80センチメートルで一眼レフ用中望遠レンズとしては標準的です。

 

絞り方式は古典的なプリセット式で、ボディ側への絞りの伝達機構を持ちません。絞りを操作するリングは2種あり、クリックの設けられた絞りリングと、ピント合わせのときにファインダー像を見やすくするために用いるクリックのないプリセットリングがあります。慣れないとこのプリセットリングの扱いに戸惑うかもしれません。

 

以下、筆者らが製作したAmazon Kindle電子書籍『LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0オールドレンズデータベースをもとに解像力やぼけディスクなどの各種実写チャートなどから解説していきます。

 

 

 





解像力チャート


流れることはないが周辺部は絞っても解像感はいまひとつ

 

 


有効約 2,420 万画素のSony α 7 III に装着しています。中央部は絞り開放では色つきと紗のかかった描写になります。これは絞ることで解消されていき、F5.6 からF11では不満のない性能になります。F16 では小絞りぼけが確認できるので、絞り値を大きくするのはF11 までにすべきでしょう。

 

いっぽう、周辺部も絞り開放では紗のかかった描写になりますが、大きく流れるようなことはありません。絞ると改善はしていきますが、F11 でも色つきと紗のかかった描写は残り、完全には解消しません。

 


解像力チャートについて


解像力のチェックには小山壯二氏のオリジナルチャートを使用し、各絞り値で撮影しています。

 



画面中央部は絞り開放のF8からF11で不満のない描写に。周辺部分はF11まで絞っても色つきと紗のかかった描写が残ります。

 

 

 



 


周辺光量落ちチャート

 

絞り開放でも周辺光量落ちはわずか

 

 

周辺光量落ちに関しては、絞り開放からあまり気にする必要はありません。周辺光量落ちを気にせずに開放F2.0ならではの大きなぼけと明るさを得ることができるでしょう。撮影環境によって気になる場合は、1段絞ることで光量落ちをほとんど感じさせない程度に改善していきます。気になるならばF2.8に絞りましょう。

 

光量落ちがないぶん、周辺まで構図に活用できるので構図を組み立てる自由度が高いともいえます。さまざまな構図を試したくなります。

 

 
周辺光量落ちチャートについて

 

周辺光量落ちチャートは半透明のアクリル板を均一にライティングし、各絞り値で撮影しています。

 


絞り開放のF2.0でも周辺光量落ちはそう目立ちません。F2.8まで絞ればほぼ解消されます。

 

 

 


ぼけディスクチャート

 

絞り羽根は15枚! F2.8でほぼ円形になる

 


LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0 のぼけチャートを見ると、絞り開放では中央部のぼけの形は円形です。周辺に色づきがやや見られます。周辺部では絞り開放ではぼけの形状はレモン形ですが、1/2 段絞ると円形に近づき、F2.8 でほぼ円形になります。

 

いっぽう、ぼけ周辺の色つきについては絞っていっても解消されず、どの値においても見られます。

 


ぼけの形チャートについて

 


金属の大小の玉をランダムに配置し小型LED 一灯で照明し、玉ぼけが遠景近景でどう変化するか観察しやすい状態で撮影しています。チャートで観察するポイントは画像中央側と端側のぼけの形と円内の描写です。

 

 


自動絞りではないので15枚もの絞り羽根が備えられていて、ひと絞りでほぼ円形になります。

ただし、周囲の色づきは絞っていっても解消されません。

  

 



最短撮影距離と最大撮影倍率チャート


最短撮影距離80cmは標準的だがゆがみにくくライティングしやすい

 

 


最短撮影距離は80cm と一眼レフ用の85mmクラスが通常85cm程度であることを考えれば、標準的なスペックです。レンズ単体ではマクロレンズほどには近接はできません。

 

最短撮影距離が80cmというのは、近接しても適度なワーキングディスタンスを得ることができ、ライティングがしやすいともいえます。また、85mmの焦点距離のおかげで、被写体のかたちをゆがませずに撮影ができます。

 

 



最短撮影距離と最大撮影倍率チャートについて

 

小山壯二氏のオリジナルチャートを使っています。切手やペン、コーヒーカップなど大きさのわかりやすいものを配置した静物写真を実物大になるようにモニターに表示。これを最短撮影距離で複写し、結果を観察しています。

(ここから先のチャート詳細は、電子書籍でお楽しみください。)

 


実写作例


前後のぼけ像のちがいと中央部の解像感をみてほしい
 


LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0  Sony α 7 III /絞り優先AEF2.81/1,250 秒)/ISO 100  WB:太陽光/クリエイティブスタイル:スタンダード



西日に照らされたボディとエンブレムの立体感や金属のつややかさをよく表現できています。いっぽうテールランプのぼけは滑らかな感じです(水子)

 

 



 



LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0  Sony α 7 II /絞り優先AEF8.01/1,600 秒)/ISO 100 /露出補正:−0.3EV  WB5,000K /クリエイティブスタイル:ビビッド




訓練機の離発着をねらいました。完全逆光ですが雲が太陽を隠しているので、フレアはわずかに生じただけですみました(秋山)

 

 



 


総評


中央部の解像感と15枚の絞り羽根、ぼけの美しさは魅力的

 



試写してみると暖色系の色合いで、どことなく懐かしい雰囲気に仕上がりました。それでいて画面中央部の解像感は高くて目を見張りました。絞り開放で見える紗がかかったような中央部の描写は絞るたびに改善していき、F8.0F11では見ちがえるようクリアな描写になることが解像力チャートからもうかがえます。いっぽう、画面周辺部ではにじみと色つきが目につき、線状のものを周辺に配置するとよく目立ち、絞っても完全には解消されません。これはこの個体が調整不良であるからなのかもしれません。像の流れは絞り開放から見られませんでした。周辺光量も豊富です。

 

ぼけも良好です。絞り開放では画面周辺部のぼけがレモン形になりますが、F2.8 でほぼ円形になり好印象でした。ただし、ぼけ周辺には色つきがあり、チャートでははっきりと観察できます。

 

LZOS MC Jupiter-9 85mm F2.0は長い間製造されたために珍しいものではありません。ただし、一般的にソビエト製光学機器は機械部分の公差が多めにされています。国産製品やドイツ製品のような精密なヘリコイドの動作、きちっとした仕上げなどを期待する方には不向きです。そういう点を許容できる方にだけ向いているでしょう。

 

製造にいたる経緯や長年に渡って製造された理由を想像すると、いささか複雑な気持ちになりますが、現代史の好きな方には興味をひきそうです。

 

85mmという焦点距離とF2.0の開放値、15 枚の絞り羽根により円形のぼけを容易に得ることができます。前ぼけの輪郭は柔らく、かたや後ぼけの輪郭はきりっとしていて、それを使いわける楽しさがあります。F2.0での紗のかかったような描写やぼけの美しさは人物ポートレート撮影に向いたレンズといえます。うまく工夫すればちょっぴり懐かしい雰囲気に仕上げることができそうです。

 

 

 






写真・文章:秋山 薫、水子貴晧 

技術監修:小山壮二 

 

 

 

 


著者略歴

 

秋山 薫(あきやまかおる)

編集者・写真家

1973 年生まれ。鉄道に興味があって写真を始め、いつのまにかカメラ・写真好きに。月刊カメラ誌編集部員、季刊カメラ誌編集長を経験。現在はおもにカメラ・写真関連記事の編集者・写真家として活動し、Kindle電子書籍『ぼろフォト解決シリーズ』『Foton 機種別作例集』の編集・執筆も行っている。

 


blog:https://saliut1500s.blogspot.com/

 

 

水子貴皓(みずこたかひろ)

写真家

大学在学中に写真・カメラの面白さ奥深さを知り、卒業後はフリーランスのスチールカメラマンとして活動を開始。現在では、スチールに加えムービーやドローン、360 度カメラなどを使い商業カメラマンとして活動しつつ拠点である岡山の風景を撮影。それら風景写真の展示・販売を行っている。

 


site:https://www.mizukotakahiro.com/

 







企画:齋藤千歳

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