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[連載:マニアックレンズ道場17]銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25 実写チャート性能評価
絞り開放の芯があるが溶けるようなソフト描写が魅力の名玉
絞り開放のにじむように輝く描写と大きく美しいぼけが魅力の1本
90mmの単焦点で1kgを越えるガラスと金属の塊
銘匠光学といえば、このところ「TTArtisan 35mm f/1.4 C」、「TTArtisan 50mm f/1.2 C」、「TTArtisan 17mm f/1.4 C ASPH」といったアンダー1万円から1万数千円で手に入るコストパフォーマンスの高いレンズを立て続けに発売していることが最近印象的です。しかし、今回紹介する「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」は、これらのレンズとはかなり方向性の違う、よりマニアックなマニュアルフォーカスレンズです。基本的にライカ Mマウント用のレンズですが、マウントアダプターで各種マウントに変換して使用が可能。90mmでF1.25という明るさはもちろん、1kgオーバーの重量、9万円を越える実勢価格とお手軽でコストパフォーマンスの高い、誰にでもおすすめできるレンズとはいえません。一体どんなレンズなのでしょう。
筆者は今回も、電子書籍「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25レンズデータベース」(https://www.amazon.co.jp/dp/B099823B72/)などを制作するために、「解像力」「ぼけディスク」「軸上色収差」「最大撮影倍率」「周辺光量落ち」「歪曲収差」「サジタルコマフレア」といった各種チャートやテスト、さらに実写作例を撮影しました。この結果から最初に「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」に対する結論から述べると下記のとおりです。
「絞り開放のピントの芯はあるが溶けるようなソフト描写と大きく美しいぼけ、超弩級1kg越えのクセになるようなレンズ」
銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25/Sony α7R III/90mm/シャッター速度優先AE(F1.25、1/200秒)/ISO 2500/露出補正:+1.0EV/WB:オート/クリエイティブスタイル:スタンダード
「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」のおすすめポイントは
「90mmの単焦点で1kgを越える超弩級のレンズ質量」。
「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」は、実際のところ、絞り開放でのピントの芯は残っているのに、まるで溶けるようなソフトな描写が最大の魅力といえるレンズです。
女性ポートレートを撮影する方なら、その紗の掛かったようなソフト描写の虜になる方も多いでしょう。
事実、作例として息子のベビーポートレートを撮影していた筆者も、この開放の描写表現だけで十分に購入を検討したくなる魅力があると感じました。
そんな独特の描写が魅力の「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の実力を各種チャートの結果や実写作例からみていきましょう。
独特の開放描写
芯あるが溶けるようなソフトな描写
銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25/Sony α7R III/90mm/シャッター速度優先AE(F1.25、1/200秒)/ISO 500/露出補正:+1.0EV/WB:オート/クリエイティブスタイル:スタンダード
銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25/Sony α7R III/90mm/シャッター速度優先AE(F5.6、1/200秒)/ISO 6400/露出補正:+1.0EV/WB:オート/クリエイティブスタイル:スタンダード
掲載した2枚の写真です。撮影時の絞り値が開放のF1.25とF5.6まで絞ったという点を除くとほぼ同じ条件で撮影しています。
しかし、開放のF1.25はF5.6に比べてにじむような、輝くような描写でかなりソフトなのがわかるでしょうか。
ただし、「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の重要なポイントは、単純ににじんだようなソフト描写ではないことです。
ピントを合わせた瞳の部分をアップにしてみましょう。
まずは、絞ったF5.6です。
絞った状態では当たり前ですが、ピントを合わせた瞳のまつげまでしっかりと解像しているのがわかります。
これに対して、絞り開放のF1.25はどうでしょうか。画像全体が紗の掛かったような状態になっており、かなりソフト描写です。おそらくまつげもにじんでしまっているでしょう。
実は球面収差などの要因で、全体の描写はかなりソフトになっているのですが、ピントを合わせたまつげ自体は実はしっかりと解像しています。
昔からポートレート向けの名玉といわれるレンズの「ピントの芯はしっかり残っているのに、紗の掛かったようにソフトな描写」が、そのまま再現されたような結果といえるのではないでしょうか。
この描写の様子を実写だけではなく、解像力チャートの結果からも確認します。
有効画素数約4,240万画素のα7R IIIで撮影しているので、基準となるチャートは0.8になります。
まず、注目していただきたいのは、当然絞り開放です。周辺部はかなりあまくにじんでいます。しかし、中央部分については、光るような、にじむような描写にはなっていますが、解像力チャートのライン自体は解像しているのがわかるでしょうか。
これが単純にぼやけてソフトになっているのではなく、ピントの合っている部分は解像しているのに、画像全体は紗の掛かったようなソフトな描写を生み出していると考えられます。
子どもや女性のポートレートにおいては、この独特の描写が非常に魅力的であることはいうまでもありません。
さらに、おもしろいのはF2.8あたりまで、絞ると周辺部の描写はあまいのですが、中央部分は非常にシャープに解像する点です。
そして、さらに絞ったF8.0では、中央部から周辺部まで、きっちりとシャープに解像します。
「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の解像力のピークはF8.0からF11あたりです。
開放付近、F2.8付近、さらにはF8.0付近の同じレンズでありながら、絞り値で異なる描写を上手に活用するのが、本レンズの使いこなしのポイントといえるでしょう。
美しいぼけ
前後ともに大きくなめらかなぼけ味
銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25/Sony α7R III/90mm/シャッター速度優先AE(F1.25、1/160秒)/ISO 500/露出補正:+1.0EV/WB:オート/クリエイティブスタイル:スタンダード
ぼけについては、まず実写作例をご覧いただきたいと思います。
ピントは子どもの瞳です。
背景部分はもちろん、画面の手前側になる手などでも大きな前ぼけが発生しているのがわかるでしょう。
絞り開放のにじむような、輝くような描写と同時に大きくなめらかなぼけが発生しているのがわかります。
実写でも、ぼけが大きく、なめらかで美しいのはわかると思いますが、ぼけディスクチャートでも確認してみましょう。
ぼけディスクチャートでは、絞り開放F1.25中央部分の後ぼけ(背景ぼけ)と前ぼけ、そしてF1.4とF2.8の後ぼけの様子を掲載しました。
基本的にぼけディスクチャートは、玉ぼけにフチつきや色つきがなく、内部がザワつくことなくフラットでなめらか、そしてぼけの形が真円に近いものほど美しいぼけが得られると判断できます。
非球面レンズを使用していないためか「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」は、玉ぼけのなかに同心円状の年輪のようなシワが発生する輪線ぼけの傾向はありません。
また、絞り開放のF1.25では、前後ぼけともに色収差が原因とみられるフチへの色つきはあるものの、内部のザワつきはほとんどなくなめらかなで美しいぼけが得られる傾向が読みとれます。
ただし、気になるのはぼけの形。10枚羽根と枚数の多い豪華な絞り羽根を採用しているのですが、開放は問題ないのですが、絞ると手裏剣のような、丸鋸の刃のようなギザギザとした形が目立つ点はやや気になるところです。
とはいえ、ぼけの質という点では、単焦点レンズのなかでも、最上級レベルといえる結果でした。
せっかくなので、軸上色収差のチャートで前後ぼけの様子を再チェックしておきましょう。
カメラに対して斜め45度で対峙するようにして撮影する軸上色収差のチェックチャート。このチャートは中央部で軸上色収差、下部でぼけの傾向、上部でぼけの二線ぼけ傾向をチェックできるようになっています。
ここでは、おもに画面下部でぼけの描写傾向をみていますが、ぼけが大きくザワつくことも、回転するグルグルぼけといった傾向もありません。
少し気になるのは、後ぼけに対して前ぼけがやや二線ぼけ傾向が強いことでしょうか。
こちらのチャートでも「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」のぼけの質の高さが裏付けられた結果です。
ちょっと驚く重さ
90mm単焦点で1kgを越える超弩級レンズ
「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」を手にすると、その描写以前に驚くのが、そのレンズの重さでしょう。
公式WEBのスペックによると最大径約82mm、マウント部を除く長さが約97mmと、高画質をねらった大口径レンズとしては、それほど大ぶりなレンズではありません。
実際、筆者が最近テストしたSIGMA 35mm F1.4 DG DN | Artと同じサイズ感で、わずかに小ぶりです。
しかし、驚くのは質量。SIGMA 35mm F1.4 DG DN | Artが約645gなのに対して、「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」はなんと1,010g。しかも、サイズが少し小さいので、手にしたときのずっしり感が予想以上といえます。
上に掲載した写真は、左側がリアレンズキャップとレンズフードを装着した状態、右側がレンズフードを逆付して、前後レンズキャップを装着した収納状態です。
さほど、大きなレンズではありませんが、はじめて持ったときに、そのずっしり感に驚くでしょう。
筆者は、基本的にレンズは同じ性能なら軽い方が正義だと思っています。
しかし「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の場合は、重い軽いという問題を越えて、ガラスと金属の塊といった重さと質感なのです。
世代や趣味によっては、プラモデルと超合金の違いと表現するとわかってもらえるかもしれません。ある意味、非常識な重さが、その重厚長大な印象が、あまり論理的とはいえないマニア心に火をつけるレベルです。
まとめ
ポートレート好きにぜひおすすめしたい名玉
「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の最大の特徴は絞り開放時の「ピントの芯はしっかりと残っていながら、紗の掛かったようなソフトな描写」でしょう。多くの名玉といわれるレンズは、この開放描写に加えて、絞ると驚くほどシャープと評価されているようです。
筆者は多くのレンズを試してみて、単純に開放があまく、絞ると開放に比べてのレベルでシャープになるといったレンズも多いように感じています。
しかし、「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の開放描写は、実写でもチャートでも、ピントの芯は残っていながら、にじむような、輝くような独特のものです。筆者は子どものポートレートを撮影しましたが、それでもこの開放描写だけで購入を検討したくなるレベルの魅力的な描写です。女性ポートレートをメインで撮影される方なら、ぜひ使ってみたい1本といえるでしょう。
F8.0あたりまで、絞るとかなり画面全体をシャープに描写してくれますが、画面全体をシャープに描写したいだけなら、100mmマクロレンズあたりを使う方がおすすめです。
ピントの芯がしっかりありながら、画面全体に紗が掛かったようなソフトな描写が楽しめる開放から、画面の中央部のみが霧が晴れるかのようにシャープになるF2.8あたりまでの、独特の描写が「銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25」の真骨頂といえます。絞りによる描写の違い、レンズの独特の描写を味わえる現在の名玉といえるレンズに仕上がっているので、ぜひ一度試してみてはどうでしょうか。
●銘匠光学 TTArtisan 90mm f/1.25の基本スペック
レンズ構成:7群11枚
絞り羽根枚数:10枚
フィルター径:77mm
大きさ:Φ約82×97mm(マウント部除く)
質量:約1010g
実勢価格:9万4000円前後
【Text&Photograph:齋藤千歳】