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鶴巻育子さんにインタビュー
「みること」とは何なのか?
東京・品川にあるキヤノンギャラリーSで写真家・鶴巻育子さんの写真展『ALT』が9月27日からスタート。写真展『ALT』は「みること」について思考をめぐらすことを目的としており、鶴巻育子さんが視覚障害者の方々と取り組んできたプロジェクトの集大成。見る行為を深く考えることは、写真を写す行為にとっても大変興味深いテーマだと思い編集部サトーがインタビュー取材に伺いました。
【作家プロフィール】
鶴巻育子(つるまき
いくこ) Web Instagram X FB
1972年東京生まれ。写真家。1997年の1年間渡英し、語学を学ぶ。帰国後、周囲の勧めで写真を学び始めた。カメラ雑誌の執筆や写真講師など幅広く活動する一方、2019年に東京・目黒に写真ギャラリー「Jam Photo Gallery」を開設し、著名写真家の企画展や若い写真家への場の提供、アマチュアの育成にも力を注いでいる。国内外のストリートスナップで作品を発表しながら、視覚障害者の人々を取材し「みること」をテーマとした作品にも取り組んでいる。主な個展は「芝生のイルカ」(2022年/ふげん社)、「PERFECT DAY」(2020年/キヤノンギャラリー銀座・梅田)、「3[サン]」(2015年/表参道スパイラルガーデン)など。主なグループ展に「icon CONTEMPORARY PHOTOGRAPHY II」(2022年/AXIS Gallery)やアルファロメオ企画展「La meccanica della emozioni」(2017年/寺田倉庫)などがある。
会場は品川駅から徒歩8分のキヤノンギャラリーS。展示名の横には点字で「ALTつるまきいくこ」と書いてある。 |
それでは鶴巻育子さんのインタビューをご覧ください!
まずは展示名のALT(オルト)とはどう言う意味ですか?
ALTとはalternateの略で、代わりのもの、他の可能性などの意味があり、X(旧Twitter)の画像にある「+ALT」ボタンは代替えテキストの略称で画像の説明を示す用語です。そのALTにかけてタイトルを付けました。
視覚障害の方を撮り始めたきっかけを教えてください
「見えない世界はどうなんだろう」という素朴な疑問からはじまりました。まずは視覚障害者の方と会って、どんな生活を送っているのか知ろうと思いました。
展示は3つのセクションに分かれていて、ひとつ目は鶴巻さんが視覚障害者の方をポートレート撮影したものを展示。 | 撮影場所は、子供のころ遊んだ公園、行きつけの居酒屋などそれぞれ好きな場所を選んでもらった。 | 表情よりもその人自体を見てもらうように、笑顔ではなく無表情で撮影している。 | ||
元々知り合いの方がいたとかですか?
まずは「同行援護従業者」という資格を取得し、その仕事を通じて視覚障害者の方々と関わりを持ちました。そこでみなさんがどのように生活しているのか知ることができました。
その後、ほかのルートでひとりの視覚障害者の方と知り合いになり、そこから、次々と紹介してもらう形で合計31名の方を撮影することができました。今も「同行援護従業者」としての仕事は続けています。
セクション2は視覚障害者の方の見え方を言語化し、鶴巻さんがそのイメージを写真化したもの。 | 一括りに視覚障害者と言っても見え方はさまざま。それぞれの見え方を言語化してもらい鶴巻さんが写真で表現した。 | ひとつの額の中に、見え方を言葉にした文字と鶴巻さんの写真で構成されている。 | ||
撮影された方は全て全盲の方ですか?
全盲の方は少なく、ロービジョンで光だけを感じる方や視野狭窄などさまざまな見え方の方がいらっしゃいます。
視覚障害を持っている方々とどういうコミュニケーションをとって撮影されたのでしょうか? 晴眼者の人々を撮る時と違いはありますか?
目の前でカメラを構えていることを伝え、正面のレンズを意識してもらうように伝えました。
私は人物を撮る時は、笑顔ではなく無表情で撮影を行なっています。無表情にすることで、見る人がその人自体に注目できるようにしています。
背景と被写体の方との関係は何かあるのでしょうか?
撮影場所はモデルになった方に決めてもらいました。撮影前に2時間ほどかけてお話を聞いてから撮影をしています。ひとりの方は、元々歌舞伎が好きで、初めての歩行訓練でも選んだ場所で、思い入れのある歌舞伎座で撮影しています。それ以外ですと、東京駅、子供の頃に遊んだ公園、行きつけの居酒屋など、それぞれその場所に対してのエピソードがあります。
セクション3は鶴巻さんと視覚障害者の方が一緒にスナップ撮影したものを展示。 | モノクロの作品は視覚障害者の方が、カラーの作品は鶴巻さんが撮影したもの。 | 視覚障害者の方は視覚にとらわれず撮影をしている。面白いことに全く同じシーンを撮影しているものがあるから不思議。 |
セクション3では鶴巻さんと視覚障害者の方が一緒に撮影しているのですが、写真を撮っている時の感じはどんな感じなのでしょうか?
今回3人の視覚障害者の方に協力してもらい、一緒に街スナップをしました。視覚障害の方は、音や匂いなど視覚以外の感覚を使って撮っていました。私は聞かれた時だけ情報を提供し、それ以外は自由に撮影してもらいました。
展示空間に砂利がありましたが、あれはなぜあったのでしょうか?
先ほど述べたように、3人とも音や温度、匂いなど視覚以外の感覚でものを捉えていました。例えば小道から広い道路に出ると音の聞こえ方や空気の通り方が変わります。何か変化を感じた時にシャッターを押していることが多かった気がします。展示空間に砂利が敷いてあるのは、難波創太さんと一緒に歩いていた時、砂利道に差し掛かったところで、砂利の音をきっかけにシャッターを切っていたものを再現しています。私は足の感触をきっかけにしては写真を撮らないですし、それがとても衝撃的でした。その感覚を来場者の方々にも体験してもらいたいと思いました。
今後もこのテーマは続けていくのでしょうか? そして今後やりたいテーマなどはありますか?
はい、続けていきます。私のライフワークになると思います。構想はいくつかありますが、時間はかかるとお思います。
最後にこの展示で伝えたいことを教えてください
展示を見た後で「見ること」「写真について」「コミュニケーションとは」といったことを考えていただき、何かしらの気づきを得てもらえると嬉しいです。
以上でインタビュー終了です!
見ることは写真を撮影する上で切っても切り離せない行為。「見えない、見えづらい世界」を覗いてみたいと思ってスタートした今回のプロジェクト。写真を撮る方にとっては特に興味深い展示かと思います。ぜひ、展示を見て、普段自分が見てる世界と異なる世界に心をはせてみてください。
ギャラリーでは鶴巻さんの写真集「ALT」(8000円/税込)と「芝生のイルカ」(3000円/税込)も販売中。 | 写真集「ALT」は240ページのボリューム。鶴巻さんと一緒にスナップ撮影を行った3名のインタビューも掲載されています。 | 表紙には点字も使われていたり、細部にもこだわりが見られるデザインの写真集も必見。 |