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  • ロシアン(カメラ)に魅せられて vol.1
    “FROM VLADIVOSTOK WITH LOVE” 展   by サカニコフ

  • ーウラジオに写真撮り行く?
    ー良いっすね、行きましょ。

    これは、僕、サカニコフと、友人であり美容師の藤原朋哉君との、他愛も無い会話からはじまった写真展
    “FROM VLADIVOSTOK WITH LOVE” 展へのお誘いです。
     
     
    ロシア極東の街、ウラジオストク。日本メディアでの露出は数年前の電子ビザ導入をきっかけに格段に増え、今や「日本に最も近いヨーロッパ」という枕詞まで登場している。特に中韓から訪れる観光客による恩恵を受けながら盛り上がりを見せるこの街に、僕は複雑な想いを寄せていた。

    2019年の冬、髪を切ってもらおうと朋哉君の美容室に足を運んだ時の話。ロシア好きな僕に気を遣ってくれた朋哉君が、ロシアの極東地域についての特集が組まれていた雑誌をサイドテーブルに持って来てくれたのが事の発端。
    現地の素人モデルさんにアポをとり、朋哉君のブランド「THE BONDS」の服と、ヘアメイクアップとをフィルムカメラで「イイカンジ」に撮ること目標に掲げ臨んだ、一世一代のプロジェクト。紆余曲折有りつつも無事完遂し、現在10月頭の写真展に向けた準備の真っ最中であります。

    ロシアとフィルム、この2つの要素は僕という生物を構成する要素の大部分を占めており、それを語る上でウラジオストクは欠かせない場所なのであります。
     
     
    僕がロシアが好きになった理由は、端的に言うとニッチ好きとロシア人女性の美しさに依る。
    ”試される大地“北海道で、高校時代にオシャレ(笑)に目覚め始めていた僕は、ファッションスナップやLOOK BOOKなどに目を通しながら、一味違った感じの海外のオシャレパーソン達の真似事を始めた。
    男女どちらのoutfitもあったので、女性なんかはこの人かわいいとか、綺麗とか、そんな感じで見ていたら、ある時流し見すらできない綺麗な女性が目の前に現れた。パツキンのおしゃれロシアンガールである。
    「ねえ! これ! この人まじで綺麗じゃない!? こんなロシア人と付き合えたら最高だな、ほんと!」とクラスで自分の後ろの席の友人に喋りかけた時の、あの憐れみの目は今でも忘れられない。また当時はBRICSという単語も出始めた頃で、「英語喋れる人がわんさかいるなら僕はお呼びじゃない、ロシア語なら話せる日本人が少ない分、社会に出たら重宝されそうじゃね?(美人と話せるし! )」という高二病丸出しの思考回路でロシア語習得を決意。(その後、大学受験勉強真っ盛りの時期にロシア語の参考書を買いたいと母親に言うとこっぴどく叱られたのはまた別のお話。)
     
    こうして(?)高校時代の僕はロシアに特別な感情を抱き、サカニコフを名乗るようになったのであった。

  • ではフィルムはどうして? ということでウラジオさんの登場。僕のフィルム写真の原点はこのウラジオストクにある。ウラジオストクへ行ったのは今回も合わせると4回。第2の故郷である。
    最初のウラジオ上陸は2012年の2月。大学入学後、当時交流をしていた友人に会いに行ったは良いものの、圧倒的寒波。「こんなクソ寒い僻地街に、何が悲しくて住んでるんだ」と思っていたら60万人も住んでいるんですね。市民の皆様すみません。夏に行けばよかったですよね。

    2回目の上陸。大学の交換留学で2012年9月から2013年7月迄の10ヶ月間ウラジオストク生活。小さな廃墟さながらの大学寮に滞在。ロシア語の習得を目標に、日々勉学に励んでいた(?)が、ここでまさかの「写真」に嵌ってしまった。
     
     
    最初はニコンのデジタル一眼レフ。ロシアとなれば、夜は治安が悪いのではないかと、ビビリにビビって電子機器はスマホとパソコンくらいしか持って行かなかったところ、住んで1ヶ月、そこまで悪くないこと悟り、現地の電気屋でカメラを購入。まあ、エントリーモデルでしたが、撮り始めた頃はコンデジとかとは違うボケが出せたりすることに感動して、バッシャバッシャ撮っていました。景色とかゴミとかもう何でも。
     
    でも、2ヶ月くらいで飽きちゃったんですよね、写真(笑)。特に撮るのが好きな対象も無いし、景色なんかはどこかネットで見たことあるような写真のパクリのようなものしか撮れなくて、あっという間に「見返さない思い出写真の撮影作業」になっていて。その頃、冬を迎えたウラジオは外気温マイナス20度の世界。写真撮りに出歩く気すら失せます。

    そんなこんなで、ひたすら勉学に励んでいた2013年3月、ロシアンの友人の友人が、サンクトペテルブルクから遥々やってくるとの知らせがあった。「何かお土産要るかい?」との質問に対し「ソ連のフィルムカメラが欲しい」と「日本土産=掛け軸」くらい、現地ロシアンも引くようなマニアックな回答が僕の口から出てきたのは自分でも驚いた。

  • お土産のスメハチを受け取り、街の写真屋さんで寂しげに売られていた適当なKodakのフィルムを購入。ネットの解説記事を参照しながらフィルム装填し、さて、とりあえず街の景色、街往く人々、猫など「それっぽい」写真を撮る。現像後、出来上がった写真を見た時には既に沼に片足が入っていた。スメハチはシャープに撮れるインダスターレンズが付いているので、バッチリ撮れている写真もあった一方で、フルマニュアル且つ目測フォーカスであるが故の、ピンボケ、白飛び、図らずの多重露光など、デジタルだと速攻ゴミ箱ボタンを押してしまうような写真も沢山。ただ、現像するまで写真を見られないドキドキ感もさる事ながら、シャッターを切ったその時が良くも悪くも綺麗な過去であったと若干曖昧に証明してくれる。

    以降フィルム写真を撮り続けていると、フィルムの一眼レフが欲しくなりゼニトを、フェドを、ゾルキーを、ウラジオに住む、知らないロシアン達からひたすら買いまくった結果、ロシアンカメラだけでMAX8台くらい手に入ってしまった。(これらのカメラ取引の中で、僕と奥さん(ロシア人!)とが出会ったのは、これもまた別のお話)。

    ウラジオ3回目は今の奥さんとまだ付き合っていた頃、2015年の1月の旅行。フィルムカメラも持って行ったが、寒すぎて撮り回れたもんじゃない。印象的だったのは、売店の外に出してあった飲料保管用の冷蔵庫が凍結していたこと。

    帰国後、大学卒業、上京、就職をする中でフィルム写真はずっと続けていた。貧乏な社会人1、2年目時代なんかは、改めてハイソな趣味だなと感じて、フルサイズのデジを中古で買ってインスタでなんとなく流行っていたストリートフォトやポートレートを撮ったりもしていた。それでもやっぱりフィルムに戻ってきてしまうのは、現像から上がった写真を見た時にデジだとデータとして埋もれていく一方で、フィルムは物質として直感的に「後の人生に残る写真」だと感じたからかも。

    今回の4回目、7月末という季節的には最高の時期に漸くウラジオストク訪問が叶った。
    慣れ親しんだ街で、綺麗なモデルさんとロシア語で他愛のない会話をしながら日本では撮れない写真を撮る。最高の非日常感!!! 勿論写真のチェックは帰国までお預け(そわそわし過ぎてウラジオ滞在中に、撮影済みフィルムをX線で全部ダメにした夢を見ました)。その場で写真を直ぐに見られない分、写真を撮るという行為に夢中になって色んなモデルさん、街の風景、人を撮り歩いた。そして気づいたのは、撮影結果に囚われず、撮影の過程を思い切り楽しめることこそ僕がフィルム写真を大好きな所以だなと。
    帰国後、11本のフィルムを現像し出来上がった写真を見て、ああやっぱり。5日前に撮ったはずの写真が既に懐かしく思えて、何というか、記憶に刻まれている感が強い。写真展でみんなに見てもらう前に、インスタで出し尽くさないように注意しようと心に決めたのもこのタイミング。

    本当に長くなりましたが、ロシアンカメラで人生色々と普通じゃなくなってしまいました。僕はそれでいいと思っているし、人生一度なら変わったことを出来る限りやっていきたい。そしてそれに突っ走っている自分を好きでいたい。現段階におけるそれらの代表格がロシアであり、ウラジオストクであり、フィルム写真であり。

    ちなみに、冒頭でウラジオストクの人気が出ていることになんとなく複雑な感情を持っている、と書いたのは「結成時から好きだったインディーズのロックバンドが、メジャーデビューと同時にミーハーになり、何故か悔しくなる」症状と似ている。

    とはいえ、不思議な魅力のある街を、是非皆さんに紹介したい。なので10月4日から6日迄の写真展、是非いらしてください。

  • Text by SAKANIKOV

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    SAKANIKOV(サカニコフ)
    北海道出身・東京在住のフォトグラファー、ビデオグラファー、メディアクリエイター。7年前のロシア留学にて旧ソ連製フィルムカメラに魅せられ、以後フィルムでポートレート、ストリートを撮影。最近はiPhoneを使った映像制作にもチャレンジ中。
    instagram : @sakanikov
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    藤原朋哉 Tomoya Fujiwara
    高校3年生から某有名美容室にて勤務。
    その後原宿の美容室にて4年勤務後、Hair & Make StylistとしてAffinita 表参道に参加。
    また、ライフスタイルブランド「THE BONDS」を立ち上げ、売上を使い発展途上国に支援をする活動を開始し、努力をすれば報われる世界を目指している。
    足元を大事にしながら常に成長し、挑戦し続けることがモットー
    instagram:@fujiwara.tomoya48
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    ゛FROM VLADIVOSTOK WITH LOVE 〟
    日時 : 10/4〜10/6
    OPEN 12:00〜CLOSE 20:00
    (最終日6日のみCLOSE17:00)

    場所 :
    デザインフェスタギャラリー原宿/DESIGN FESTA GALLERY 1-G
    〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3丁目20−18 ※入場 Free

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